歴史

2020/10/05

 タジキスタンの地は、ギリシャや中国の歴史書に古くから記載され、独自の文化を形成してきました。イラン系の住民が広く住み、オアシスを中心としてシルクロード交易を担いました。 タジキスタンは古代のペルシア帝国の東方の辺境として知られ、アレクサンドロス大王の征服後は、ギリシア的文化が残りヘレニズム文化として発展しました。

 ペルシア帝国がイスラム王朝によって征服されると、タジキスタンの地もイスラム教に改宗し、サーマーン朝という中央アジアでは初めてのイスラム王朝が打ち立てられました。その後は東方から来たテュルク系民族に支配権が移ってしまいますが、イラン系住民とテュルク系住民は混在して生活していました。

 近代に入ると、タジキスタンの地はイギリスとロシアが勢力を競い合うグレート・ゲームの舞台となり、ロシアの支配下に入って、ソ連の崩壊までロシアの支配は続きました。 タジキスタンは独立後まもなく内戦が勃発し、5年後に終結し今に至ります。

Recommended